2026年8月6日

Superposed Recurrence Plotの紹介

映像や舞台表現の訴求力を数値化する夢の技術とは!?

共通入力のダイナミクスを複数の観客の振る舞いに残された痕跡から復元する


■理論的背景

 私たちが実験や観察で得られるのは,高々1変数の時系列データであることが多い.だが,力学系から出力された時系列データには,他の変数を含めた時間発展の履歴が残されている.この特徴を利用して,1変数の背景にあるダイナミクスの可視化としてのRP(recurrence plot, RP)を拡張し,複数の力学系に一斉に与えられた共通入力を再構成する手法が発展してきた.ここではその手法を紹介する.なお,ここでは用語の混同を避けるため,時間遅れ座標系を用いて状態空間を作成することを再配置(remap)と呼び,未知の共通入力を複数のRPから復元することを再構成(reconstruction)と呼ぶ.
 Casdagli (1997) は,別の力学系から入力を受ける力学系の応答(出力された時系列)を用いてRPを作成すると,そのRPには入力となった力学系のダイナミクスも保存されていることを示した.この発見を定式化したStark (1999) は,埋め込み定理(Takens, 1981)を拡張し,強制入力が与えられた場合にも,時間遅れ座標を用いれば,外部入力の影響を含む状態空間を再配置できることを示した.理論上は,入力系が滑らかに変化する決定論的な系であり,短い周期運動が特殊な縮退を起こさず,十分な長さの履歴を用いることが再配置の条件となる.

■Superposed Recurrence Plot

 Hirata et al. (2008) は,Starkの理論を実データに応用できる再構成手法を提案した.この手法ではまず,共通入力を受ける(わずかに個体差のある)複数の力学系の応答(すなわち,出力された時系列)からそれぞれRPを作成する.このRP上の点は,共通入力の状態どうしが近い時点であり,かつ個別の力学系の状態どうしも近い時点の組を表す.それゆえ,それぞれのRPに含まれる点は,共通入力のRPの一部を構成すると考えられる.そこで,複数のRPのいずれか一つ以上に点がある場合に点を残すRPを定義した.これがNomura et al. (2022) の用語でいうsuperposed recurrence plot (SRP)である.こうして作成したSRPについて,入力となる力学系のダイナミクスとそれを受ける力学系のダイナミクスでは時間スケールが異なり,とくに応答系の方が速く変化することを踏まえて粗視化する.その後,SRP上の状態間の距離を定量するために,RP上の点が他のどの点と似ているかを近傍集合の構成要素の多さで表して距離を求める.こうして作成した重み付きグラフ上の最短経路から距離行列を作成し,その距離行列に対して古典的多次元尺度構成法を適用し,時系列上に布置することで共通入力を再構成できる.ここでは,共通あくまで入力は未知であり,出力の情報のみを利用して再構成している点に注意されたい.
 Nomura et al. (2022) は,この手法を点過程に応用し,その性能を検証した.点過程を一定の時間窓で区切り,その範囲内のイベント数を数えて発火率時系列を作成し,Hirata et al. (2008) の手法に適用した.具体的な検証には,ダイナミクスがよく知られ,パラメータを変更することで多様な発火パターンを再現できるIzhikevichニューロンモデルを用いた.その結果,発火率の上がり下がりを適切に反映できる時間窓幅を設定すれば,最小で5%程度の誤差で共通入力の変動を再構成できることを示した. 

■人の行動データから共通入力を再構成する

 観客や視聴者からしばしば観察される点過程のデータとして,心拍や瞬目や笑いの開始時刻など,種々のイベント系列が挙げられる.時間窓を設定してこれらのイベントを計数し,共通入力によらない個人内の変動がそれほど大きくないと仮定すれば,Nomura et al. (2022) の再構成手法が適用できる.例えば,木村・野村(2022)は,音楽聴取者1名が2曲を23回聴取した際の心拍間隔から,音楽が聴取者の心を動かす力の変動を共通入力として再構成した.再構成された入力の時系列は,サビで強く,前奏・間奏・後奏で弱くなる傾向を示した.このことは,SRPを用いることで心拍の情報だけから音楽的構造に対応した共通入力を再構成できることを意味している.音楽が引き起こすゆるやかな再現性を示唆するこの結果は,音楽によって心拍が同期する現象(music-induced heart-rate synchrony, Nomura, 2024)が共通入力同期として捉えられることを意味する.心拍数の相関は,個人間よりも個人内で高い値を示すが(Nomura, 2024),これは共通入力を受ける認知システムのパラメータが近いほど類似しやすいことを示唆する.共通入力が印加されて生じる状態変化という観点からは,「ある人が繰り返し鑑賞して似た体験をする現象」と「同じパフォーマンスを鑑賞して多くの観客が一斉に心を動かす現象」は,同じメカニズムで生じていると考えられる.
 SRPはその後,Gilpin (2025) によって批判的に継承されている.Gilpin (2025) の手法は,基本的な再構成の方針を引き継ぎつつも,SRPの代わりに各応答系列の近傍構造から局所的に適応した類似度行列を作成し,それらを統合したコンセンサスグラフから共通入力のダイナミクスを再構成するものである.固定したRPの閾値の設定が容易ではないデータにも対応しやすい点に特徴があるという(Gilpin, 2025).
 これらの手法で再構成された共通入力は,時間窓に対応した時系列データとして得られる.このため,観客や視聴者に共通して与えられるパフォーマンスのどの要素が共通入力に大きく寄与するのかを例えば秒オーダーで検討するのにも利用できる.

引用文献

  1. Casdagli, M. C. (1997). Recurrence plots revisited. Physica D: Nonlinear Phenomena, 108(1–2), 12–44. https://doi.org/10.1016/S0167-2789(97)82003-9
  2. Gilpin, W. (2025). Recurrences reveal shared causal drivers of complex time series. Physical Review X, 15(1), 011005. https://doi.org/10.1103/PhysRevX.15.011005
  3. Hirata, Y., Horai, S., & Aihara, K. (2008). Reproduction of distance matrices and original time series from recurrence plots and their applications. The European Physical Journal Special Topics, 164(1), 13–22. https://doi.org/10.1140/epjst/e2008-00830-8
  4. 木村真実・野村亮太 (2022) 人の心を動かす音楽の力の再構成 第84回全国大会講演論文集 2022 (1), 531–532.
  5. Nomura, R. (2024). Reliability for music-induced heart rate synchronization. Scientific Reports, 14(1), 12200. https://doi.org/10.1038/s41598-024-62994-0
  6. Nomura, R., Fujiwara, K., & Ikeguchi, T. (2022). Superposed recurrence plots for reconstructing a common input applied to neurons. Physical Review E, 106(3), 034205. https://doi.org/10.1103/PhysRevE.106.034205
  7. Stark, J. (1999). Delay embeddings for forced systems. I. Deterministic forcing. Journal of Nonlinear Science, 9(3), 255–332. https://doi.org/10.1007/s003329900072
  8. Takens, F. (1981). Detecting strange attractors in turbulence. In D. A. Rand & L.-S. Young (Eds.), Dynamical systems and turbulence, Warwick 1980 (Lecture Notes in Mathematics, Vol. 898, pp. 366–381). Springer. https://doi.org/10.1007/BFb0091924


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